大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)151号 判決 1992年1月24日

原告

杉本けさ子

ほか四名

被告

東京海上火災保険株式会社

ほか四名

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告東京海上火災保険株式会社は、原告杉本けさ子に対し金一〇〇〇万円、原告杉本晴美、同杉本暁美、同杉本純一及び同杉本いずみに対し各金二五〇万円並びに右各金員に対する訴状送達の日の翌日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告日新火災海上保険株式会社は、原告杉本けさ子に対し金七〇〇万円、原告杉本晴美、同杉本暁美、同杉本純一及び同杉本いずみに対し各金一七五万円並びに右各金員に対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告興亜火災海上保険株式会社は、原告杉本けさ子に対し金二〇〇万円、原告杉本晴美、同杉本暁美、同杉本純一及び同杉本いずみに対し各金五〇万円並びに右各金員に対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  被告富士火災海上保険株式会社は、原告杉本けさ子に対し金一一〇万円、原告杉本晴美、同杉本暁美、同杉本純一及び同杉本いずみに対し各金二七万五〇〇〇円並びに右各金員に対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

五  被告日本生命保険相互会社は、原告杉本けさ子に対し金二五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告らとの間で左記のとおりの各保険契約(以下「本件各保険契約」という。)を締結していた訴外亡杉本茂生(以下「茂生」という。)が、後記交通事故を起こしたことによる精神的衝撃によつて脳内出血を発病して死亡したとして、その相続人らから被告らに対し、各保険金の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  本件各保険契約の締結

(東京海上との傷害保険)

茂生は、昭和六二年八月一三日、被告東京海上火災保険株式会社との間で、左記内容の傷害保険契約を締結した。

(一) 保険証券番号 F七五〇二二一三三一

(二) 保険期間 昭和六二年八月一三日から昭和六七年八月一三日まで

(三) 担保種類 普通傷害死亡、交通事故傷害死亡等

(四) 保険金額(交通事故死亡の場合) 二〇〇〇万円

(五) 被保険者 杉本茂生

(六) 死亡保険金受取人 被保険者の相続人

(日新火災との自動車保険)

茂生は、昭和六三年九月七日、被告日新火災海上保険株式会社との間で、左記内容の自動車保険契約を締結した。

(一) 保険証券番号 八八六九―一四三一七九

(二) 保険期間 昭和六三年九月二九日から昭和六四年九月二九日まで

(三) 担保種類 交通事故死亡等

(四) 保険金額(自損事故死亡の場合) 一四〇〇万円

(五) 被保険自動車 トヨタタウンエース(登録番号尾張小牧四四な四八五五)

(六) 被保険者 本件車両の保有者、運転者等

(七) 死亡保険金の受取人 被保険者の相続人

(興亜火災との長期総合保険)

茂生は、昭和六二年一〇月一九日、被告興亜火災海上保険株式会社との間で、左記内容の長期総合保険契約を締結した。

(一) 保険証券番号 七九一二二五二〇三八

(二) 保険期間 昭和六二年一〇月一九日から昭和六七年一〇月一九日まで

(三) 担保種類 建物の損害、交通事故傷害死亡等

(四) 保険金額(死亡保険金) 四〇〇万円

(五) 被保険者 杉本茂生

(六) 死亡保険金受取人 被保険者の相続人

(富士火災との長期総合保険)

茂生は、昭和六三年三月九日、被告富士火災海上保険株式会社との間で、左記内容の長期総合保険契約を締結した。

(一) 保険証券番号 二八〇―〇三三四〇六―八

(二) 保険期間 昭和六三年三月九日から平成五年三月九日まで

(三) 担保種類 建物の損害、交通事故傷害死亡等

(四) 保険金額(死亡保険金)二二〇万円

(五) 被保険者 杉本茂生

(六) 死亡保険金受取人 被保険者の相続人

(日本生命との生命保険)

訴外杉本常男は、昭和五四年七月二三日、被告日本生命保険相互会社との間で、左記内容の生命保険契約を締結した。

(一) 保険証券番号 〇六六―二六八七九八九

(二) 被保険者 杉本茂生

(三) 死亡保険金受取人 杉本けさ子

(四) 死亡保険金額(不慮の事故による死亡の場合) 五〇〇〇万円

2  本件各保険契約のうち、傷害保険、自動車保険、長期総合保険の傷害死亡の保険金支払対象となる保険事故は「急激かつ偶然な外来の事故による身体傷害により、その直接の結果として死亡したこと」であり、生命保険の災害死亡の保険金支払対象となる保険事故は「不慮の事故=偶発的な外来の事故を直接の原因として死亡したこと」である。

3  交通事故と茂生の死亡

茂生は、平成元年五月八日午前八時頃、江南市高屋町本郷四七先の路上において、普通貨物自動車(日新火災との自動車保険の被保険自動車)を運転して北進中、同所に停車していた普通貨物自動車の右後部ライト及び開放中の右側スライドドアに接触し、かつ、同車両に荷物の積卸しをしていた訴外滝政則をはねて同人に傷害を負わす事故(以下「本件事故」という。)を起こし、同日午後六時頃、脳内出血により死亡した。

4  原告けさ子は茂生の妻であり、その余の原告らは同人の子であつて、いずれも茂生の相続人であり、他に相続人はいない。

二  争点

茂生の死亡が本件各保険契約による保険金の支払事由に該当するか否か、が争点である。

第三争点に対する判断(摘示の書証は、いずれもその成立につき当事者間で争いがない。)

一  甲八の一ないし四、九の一ないし二一、一〇の一ないし一一、一一ないし一三、乙イ五、証人小坂秀人の証言、鑑定人口脇博治の鑑定によると、次の各事実を認めることができる。

1  本件事故の現場は、南北に走る幅員約六・八メートル(片側車線幅員三・四メートル)のアスフアルト舗装された平坦な見通しの良い道路上であるところ、茂生は、普通貨物自動車(車幅一・六七メートル)を運転して北進中、進路前方の道路左端に停車している普通貨物自動車(車幅一・六二メートル)を認めたが、折りから南進してきた対向車が右貨物自動車の手前で停車して道を譲つてくれたため、同車の右側方を通過すべく、自車の右側がわずかに対向車線にはみ出る程度の位置(したがつて、自車の右側道路を相当あけた状態)を低速で進行中に本件事故を起こしたものであり、茂生がブレーキをかけて停車したかどうかは定かでない。茂生は、事故後、被害者の訴外滝のもとに赴くべく降車したが、その足取りはあたかも酒にかなり酔つているような歩き方であり、間もなく路上にしやがみこむようにして倒れ、意識がはつきりしないまま救急車で昭和病院に収容された。

2  茂生は、病院入院時、左片麻痺と意識障害及び顔面に五ミリ程度の療過傷が認められた他には外傷はなかつたけれども、右脳内の出血が多く危険な状態で推移し、事故当日の午後六時五分頃、右脳内出血を原因とする呼吸不全で死亡した。

茂生を診察した昭和病院の大島医師は、茂生の出血の程度、部位及び外傷の程度から考えて脳内出血後に意識を失つて自動車に追突したものと診断し、当日午後三時頃に茂生を診察した一宮市民病院脳外科の原医師も、明らかに脳内出血による意識障害であり、事故に起因するものでない旨の診断をした。また、鑑定人口脇博治は、CT所見からは高血圧性の脳出血か外傷性の脳出血かの断定は直ちに出来ないが、少なくとも外傷が軽微であることや、CT上外傷が加わつた証拠としての脳挫傷など随伴した所見は認めないし、時間的に遅発性外傷性脳出血の発症も認め難いことから、頭部外傷が脳出血の原因とする資料は乏しいといわざるを得ず、強いて推測すれば高血圧が関わりをもつた脳出血の可能性は高いと考えるべきであるが、事故による精神的動揺により血圧があがり、その結果脳内出血が起きたか、すでに生じていた脳出血が事故による精神的動揺により血圧があがり重症となる誘引となつたのか、脳出血発作の時点の断定は出来ない旨の鑑定をした。

3  茂生は、少なくとも昭和六〇年頃から本件事故の頃まで、高血圧の治療のために近藤療院に通院しており、昭和六三年二月には言語障害をきたす程に最低・最高血圧が不安定な状態にあり、また、事故前年の治療経過でも血圧動揺が認められた。

二  以上認定の事実を総合して考えると、茂生の死亡は、少なくとも本件事故を原因とする外傷性脳内出血を直接の原因として発症したものであるとまでは未だ断定し得ず、他にそうであるとする証拠もないのであるから、茂生の脳内出血の発症ないしはその後の経過に本件事故が何らかの影響を与えているとしても、茂生の死亡は、本件各保険契約の保険約款による偶発的な外来の事故を直接の原因とするものとは到底いえず、被告らに保険金の支払責任は生じないといわねばならない。

三  以上によると、原告らの本訴請求は、いずれもその理由がなく棄却を免れ得ない。

(裁判官 大橋英夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例